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よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と食事と休学

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昨日の夜は22時に眠った。




いつぶりかわからないほど、
深い眠りについた。


明け方、
はっと目を覚ます。


4時くらいかなと、時計をみたら

まだ夜中の2時




2時



それは私がいつも眠れないと
苦しみ始める時間。


身体はちゃんと、覚えてるんだなぁ



まぁ今日はゴールデンタイムそうなめ
出来たし、良しとしようということで

結局そのあと眠りについたのは
いつも通り明け方



そして、お昼ごろ起きて、
この筋肉痛である


左との上腕二頭筋
特に悲鳴をあげている





ピザ皿、恐るべし。である。




筋肉痛は昨日のバイトが夢ではなかったことを教えてくれている。


ああやりきったのだなあ、と
改めて自分に感心。




バイトはさらに私に世界を与えてくれた


知らなかったイタリア語、
イタリア料理に触れて


ふたご座の好奇心が黙っているわけがなかった。


もっともっと、たくさん、勉強したい


あのパスタは?
あの前菜は?


知りたいが止まらない。



無気力な、真っ白は私の世界に
淡色のシミができた。







私の働くお店は小さなお店。
お客様は、恋人や家族が多い


飲食店で働いたことはあったけど
客層が今まではサラリーマンとかだった


この差は大きい。


なんというか、お店全体が、

あったかい。


お店の先輩が教えてくれる仕事内容も
仕事半分、おもてなし半分だった



幸せそうにピザを頬張る子供。


魔法が使えるんじゃないかってくらい
上品なおばあさんはドルチェを食べ


冬の寒さむ頬を赤らめて入ってくる
笑顔のカップルたちはカフェで暖をとる



ほら、なんていうか、


あったかい。


 


病気が酷かった時
流し込むように、胃に突っ込むように
お腹に入れていた、味のないご飯


お店でご飯を美味しそうに食べる
あったかい空間に触れて、


食べることの、力を知った。



食事はなんのためにあるだろう。
考えた時に出た答えは


身体の健康を守るため
そして、生活を豊かにするため、
だった。


辛い時ほど、美味しいご飯を
食べるということは、


絶望に染まる日々に光を灯す
小さなきっかけになれるのかもしれない。


だから、余裕のない日が来たのなら
1日の食事に、時間をかけてみて。

ゆっくり、作って。
ゆっくり、味わって。

その食事はきっと、
あなたの体を健やかに、
あなたの人生を、豊かにする。


食は、力だ。






好きな時間に寝て
好きな時間に起きる


よこ、最近気づいたんだけど
これって全大学生が望む
理想の生活では??


もちろん、
だからってずるいって言われたら
じゃあ病気代われよ!
ってキレるだろうし
制限されてることはたくさんあるから
全くの理想とは、ほど遠い。



それでも、
こんなにゆったりした時間を過ごせて
課題に追われることもなく
好きなことをして生きていける人生



誰もが一度は考える、
休学
という文字



いっそのこと、


そう思っては踏みとどまる、その文字


不本意にも
半ば休学状態になった私が言えることは
 

休学は思ったより
良いものではないということ。
大きな危険を、伴うということ。



あのね、それは、私たちが
人間だからだよ。



いくら今の生活に疲れて
何もかもやめたくなって
休学という道を選んだとしても


楽しいのはきっと、初めだけ


人間は無という極楽へ
自然と向かってしまう生き物です。




無、は、確かに怖い。

何もないのは、本当になにもない。



だけど同時に、
なにもないのは1番、楽なの。



痛みも
涙も
声も
時間も


なにもないから、楽なのよ。
 


飲み込まれる前は怖くてたまらなくても

いざ飲み込まれてしまえば



無は、極楽に変わる。


それは死んでるのか生きてるのかも
時々わからなくなるほどの白。


そしてはまってみて、初めてわかるの。


極楽は
所詮たくさんの虚無で溢れた
ただの、地獄だったってことに。



確固とした自分の居場所を
失った時、人は無意識に
楽な道を歩み始めてしまう

それは、本当に、無意識に。


できれば楽に、
生きたいと思ってしまうの。


痛いのは、みんな嫌だもん。



そうして初めは
覚悟を持っていたはずなのに
足は勝手に、楽へ、楽へ、向かって

自分も知らないうちに
世界は縮小していて、

気づいた時には
無の一歩手前まで追いやられている。


恐怖で足がすくむうちに
こんなはずじゃなかっなと、
後悔するうちに

気づいた時にはもう、真っ白な世界。


一度はまってしまえば
抜け出すことは、難しい。




覚悟の度合いとかは、あんまり、
関係ないと思うの。

人間誰しも、
楽への誘惑を持って生まれているから。


はまるときははまってしまうし、
抜けるときは抜けられるもの。


大切なのは、覚悟ではなく、
社会に属することをやめた先に、

次の自分の居場所があるかどうか。



 



休学する、ということは


社会に属する場所を1つ、
失うということ。



それは、社会から孤立するということ。


それは、世界が狭まるということ。



それは、生身の人間になった
汚い自分と、
いやでも向き合い続けなければ、
はらないということ。


それは、なにをするにも、
常に無という極楽のような地獄に
落ちる危険を伴うということ。

そしてそれは、人間にとって最高の、

不自由であるということ。






自由気ままに、
流れる雲のように、
生きていきたい


何にもとらわれることなく
自分が好きな道を
進んでいきたい



誰もが一度は望む、その人生の前提には


社会に属していること


それが必要であることに、


私たちは気づかない。

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