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よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と短編小説



受験期の話を1つ、しようと思う。


高3、夏の初めのころの話。





朝6時
目覚まし時計が鳴る

眠いまぶたを持ち上げて、目を開ける。
昨日から用意されたカバンはフックにかかっており、そこに朝日がさんさんとそそかがれていた。

身支度を済ませ、余裕を持って家をでる。

「受験票、持った?」
母が玄関先に見送りに来た。

「大丈夫、もったよ」
かばんから黄色の受験票をちらつかせてみせる。

「よし、それじゃはい、お弁当」
「ん、ありがとう」

母が朝はやくから作ってくれたそのお弁当を
私は丁寧に丁寧に、鞄にしまった。

準備は整った。

「じゃあ、いってくる」

そう言う私は母親の顔が見られなかった。
不安を、悟られたくなかった。

「行ってらっしゃい。頑張ってね」

その声を聞いて私は
ああ母親も同じようなんだなと、思った。

だから私はせめてもの笑顔でもう一度
母の方に向き直り言った。

「いってきます」


 

電車に乗り、遅延もなく、無事に新宿駅に着く。あとは会場校までたどり着くばかり。


街には変な外国人や酔っ払い
同じような学生がわらわらいた。

私はなんだかその慌ただしい街が滑稽に見えて
第三者のようにその街にたたずんでいた。


人をかき分けどうにかたどり着いた受験会場


時間が押し迫っていたため、人はもうほとんどおらず、警備員さんがジロリと私を見つめるばかりだった。


門はもう目の前だというのに私は、
たちすくんでしまった。


さっきまで第三者であったのに
この警備員の前では私は関係者なのだ。

かばんから受験票を取り出し、
場所に間違いがないか確認した。
受験票は手の汗の力でくたくたになっていた。

この門をくぐれば、すぐに会場教室だ。



なのに私の足は
何か鎖でもつけられたかのように止まったままだった。

それに同乗するかのように
私の思考も止まってしまったのだ。

 

私はただそこに、居た。

それだけだった。



何分経った頃だろう。
会場から、チャイムが鳴り響いたと同時に
警備員さんが門をガラリと閉めた。

その音はとても深く響き、
座っているとあっという間に心臓まで届きそうなほどだったので、
私は立ち上がり、警備員さんのいなくなった門の前に真っ直ぐにたたずむことになった。


もう一度、鐘がなる。


今度は試験開始の合図だろう。

教室にはみんなが一斉にペンを走らせる音が
鳴り響いてるのだろう。

そんなことを考えながら、私はまだ第三者でいたように思う。


私を当事者に連れ戻したのは
左手の中でくしゃくしゃになった受験票 
そして
右肩にずしりと残る、母のお弁当の重みだった。



「ああ、また受けれなかった」



そこでようやく現状を理解した。
理解した瞬間、感情の波にのまれた。



不甲斐なさが、こみ上げる。

一体私はここで、なにをしているんだろうか。

周りのみんなが試験を受けてる中
私はどうして門の前にたちつくしているのだろう。


くしゃくしゃの受験票

右肩のお弁当の重み

今日に向けてやってきた勉強

この試験にかかったお金



どれ1つをとっても
私はそれらを無駄にしない方法が、
わからなかった。


また無駄にしてしまったのだと
嘆くことしかできなかった。



門に背を向け、下を向き、溢れる涙や鼻水を
ひっしに拭って帰った。


帰りの電車は、行きの電車より空いていた。
ラッキーとは、思わなかった。

私は負けたのだと、だからこの強者がぬけた
ガラガラの電車で家に送り返されるのだと、
そう、感じた。

電車の中では母の作ってくれたお弁当が
終始重かったのをよく覚えている。


ただいま
 
小声でつぶやき家の鍵を開ける。
その瞬間、
玄関の前をと思う通ろうとした母親とばったりあってしまった。


どうしたの

母の声からは、驚きをならべくおさえようとしているのがよくわかる。


うん、あのね、うけれなかった。

私が答えると母親は
そっか
とだけ答えてまた元の業務に戻った。


私は部屋に急いで戻り、教材の整理をして
新しいノートやらを数冊かばんに詰め込んだ。


そうしてまた玄関に戻ると母親がそこにいた


どこにいくの?

聞きたいことをこらえたような、不安そうな声で聞いてくる。


図書館で勉強してくるよ。


引きつった笑顔で答える私に、母は予想外に優しかった。



大丈夫なの?今日は休めば?

母親の言葉から、怒りがないことがわかり
少し安心する。

うん、大丈夫。
このまま勉強してきちゃうね。

そうして私はもう一度、家を出る。



お互いが触れられない、絶妙な距離にいた。

お互いが、わからないのだ。

なにをおもっているのか
なにが怖いのか
なにを気にしているのか

だからなにも、言えなくなるんだ。

手探りで相手までの距離を測って
妥当な言葉をなげかけて
感情が口からこぼれないようにとり作る

あの時

母も私もそんな感じだったんだ。


家を出ると、ちょうど太陽が真上にくる時間で
さっきまでいた新宿の冷たさが嘘のようだった。

図書館での勉強は、身に入らなかった。
目の前に置かれたしわくしゃの黄色の受験票が
チラチラとやけに視界にこびりついた。


図書館のテラスにでて、
母の作ってくれたお弁当を食べることにした。

実を言うと無駄にしたくはなかったから、ここに来たようなものだった。

ふたを開けると、いつもと変わらない母の弁当がそこにあった。 


いただきます

そっとつぶやいて、一口おかずをかじる。

いつもの味だ。

もう一口食べてみる。

それでもやっぱり、いつもの味だ。


母が、私のために、朝はやくから用意してくれた、いつものお弁当の味だった。



申し訳なくて涙が出た。

不甲斐なくて声があふれた。



その頃の私には

泣くことしかできなった。


夏の風がふいていた。

こうして季節も過ぎていくのだろうと
ただぼんやりするころにはまた、
じぶんはだいさんしゃになっていて。

母親のお弁当をもくもくと食べていた。


ご飯を食べている間
幼い私は心で何度もつぶやいていた。

「どうして私だけ」


この時の私の世界では、私だけだった


みんなと同じにできないことが、苦しかった



それでもここが、私の世界なのだと、

ここで生き抜かなくてはいけないということを、その時に私は学んだんだ。



お弁当は一粒残さず全部食べた。

家に帰り
くしゃくしゃになった受験票にアイロンをあてて伸ばした。
  

髪をきつく、1つに縛り上げた。


「お母さん」

私が母及ぶその声は、もうなにも恐れていない。距離感なんてくそくらえ。


「お母さん、私ね、もう限界」




ポロポロ、ポロポロ


私は涙を流しながら母に全てを話した。
苦しいこと、怖いこと、にげだしたいこと
申し訳ないこと、不甲斐ないこと


でも母は
「うん、うん」とずっときいていてくれた。



話し終わった頃なんだか身体がかるくなっていたのは、完食したお弁当のせいか。

それともシワが伸ばされ、神のように祀られたその受験票のせいか。

わからなかったけれど、私は多分
そのとき母というこの世で1番強い見方を見つけたんだと思う。

きっとそれは、その日無駄にしたものに比べれば大きな報酬だろう。
そしてそれは、一生の宝だろう。












模試の季節になって
ことを思い出した。

これがきっと闘病との
はじめのいっぽだったと思う。

今年の受験生の中に
同じ病気の子は何人いるのだろう。

どうか、みんなが限界だけは、
こえてしまいませんように。

私はただ、祈っている。


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(photo by noa)