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よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気とご飯を作る事

 

 

よこはご飯を作ります  

 

 

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これは昨日の晩御飯

 

鮭の塩焼き

だし巻き卵

里芋とこんにゃくの煮物

クリームシチュー

 

 

実はもとはそんな作る人じゃなくて

むしろ料理なんてほとんどしない人でした

 

ただ去年の11月、病気を発症して

症状が落ち着きはじめた今年の4月頃から

よこはご飯を作るようになりました

 

よこは同じような境遇の人に

「ご飯を作ること」を強くお勧めしたいのです

 

 

そもそも私がご飯を作ったきっかけは

ご飯が食べられなくなった事でした

 

病気が進行して、

食欲がなくなって、ご飯は1つも喉を通らなくて

ただただ「食べなきゃ」という

脅迫概念の元に、無になってご飯を胃に流し込む日々

 

そこに食本来の幸せは1ミリもなかった。

 

作ってくれたお母さんへの感謝も

材料費を稼いでくれた父への感謝も

食の恵みも

なにも

感じていなかった。

 

 

そんな中である日

「あ、これ食べたい」

と思った事があってね

本当に思いたって、ご飯を作りました。

 

簡単!時短!レンジでチン!

が大流行の中

よこは有り余った時間をすべてを使って

腕によりをかけて料理を作りました。

 

まずはチラシを見て安い食材をチェックして

スーパーへ決死の大冒険をしたのちに

2時間、3時間

時間をかけてゆっくりご飯を作る

 

作ってみると、その時間はとても穏やかで

 

出来上がったご飯はとても上出来とは言えないけれど、私は久しぶりに「美味しい」を

心から感じる事ができた

 

 

 

はじめは単純に「暇を潰せる」という理由だった。

ブログと同じように有り余った時間の宛先を見つけたと思った。

 

 

だけど作って行くうちに

たくさんの事を感じるようになった。

 

 

なにもできないストレスは食材の購入で発散できた。

なんせニートするにもお金がかかる。

でも夕飯の食費なら家族の分も作るから、もちろん自費ではないし。

それに良い食材を安く買えた時の幸福感ときたら!笑

私はストレスをけっこう買い物に当ててしまう人だったから、食材の買い出しはすごくいい発散になった。

有り余った時間を使って何件もスーパーをはしごしたりもした。

 

 

以前にも書いたけれど、うちの家の食卓は

決して「幸福な食卓」とは呼べないものだった

家族は祖父母と姉を含めた6人家族で

母は仕事から帰ってご飯を作るものだから

我が家の夕食はいつも9時すぎだった

 

ふかれないままのテーブルに

無造作に並べられた大皿と

乾いたテレビ番組の笑い声だけが響くキッチン

 

お世辞にも丁寧とは言えない食卓

 

 

それが、どうだろう

私がご飯を作れば食卓に笑顔があふれたのだ

 

 

「これはなんの食材だろう?」

「よく煮えてる!」

「これ、ちょうど食べたいなって思ってたの」

「すっかり春だね」

「今日のご飯はなんだろう!」

 

 

「美味しいね」

「うん、美味しい」

 

 

「いただきます」

「ごちそうさま」

 

 

そんなたわいない事が

嬉しくて、仕方なかった。

 

ああ、ご飯って、美味しいんだ

ああ、ご飯って、楽しいんだ

 

私は知らなかった。

 

 

そしてなにより料理は

親とのコミュニケーションになった。

 

もともと家族仲がそんなに良い方ではない私は

親の前で涙を流すなんて事さえなかった。

 

だから私が学校にいけなくなっても

私はなにも話せなくて、

お互いなにを考えているのかわからないままに

私と母親はピリピリ、イライラしていた。

 

 

私は、怯えもしていた。

いつか見放されるのではないか、怒られるのではないか、

母親は、なにを思っているのだろう

 

ごめんなさい

こんな子供でごめんなさい

 

それでも私には、向き合う力なんてなくて

曖昧な関係がずっと、続いていた。

 

 

だけど私がご飯を作ったその日

母親は「助かったよ!」と笑った

 

 

母親の笑顔を見たのは、いつぶりだったろうか。

 

 

母親は楽になって、余裕ができた

私も家事をする事で罪悪感が薄れた

 

そうして少しずつ、笑って話す機会が増えた

 

はじめはたわいない事だった

 

「今日、白菜が、100円だった」

なんて、ぶっきらぼうな顔して

目も合わせないまま、吐き捨ててさ笑

それでお母さんも「それは、すごいね」なんて

びっくりした顔で笑って。

 

 

もちろん喧嘩だってしたさ

 

私がたけのこを処理されてないやつを買ってきて、アク抜きから挑戦しようとしたら

「あんたやり方わかるの?!」なんて怒られて

「できるよ!!!」って怒鳴り散らして

一生懸命、携帯で調べて、何時間もかけてアク抜きして笑

 

それで出来たたけのこご飯を母親が食べて

「うん、ちゃんと処理できてる。すごいじゃん」なんて結局は褒めてくれて。

 

 

「もうお母さんより上手くなったね」

 

なんて

 

そんなわけないのに。

 

何年も主婦やってきたお母さんを

抜けるはずがないのに

でもお世辞ってわかってても

私は、嬉しくて。

 

 

たぶん、なんでもよくて、そうして会話が増えることに意味があったのだと思う。

そのうちだんだんと自分の思いも、伝えられるようになっていった。

お釣りを渡す、ついでなんかにね笑

 

 

それから毎日ではないけど

少しずつ、ご飯を作るようになった

 

トントントンと、野菜を切る音は不思議と心を落ち着かせた。

 

悔しい事があった日には、より一層手を込んだ料理を作った。

 

悔しい悔しい悔しい

 

そんな気持ちが心に渦を巻いて

野菜を切っている手元、涙がぽたぽた

こぼれて、あふれて。

 

それでも「美味しいね」って笑う

あの顔を浮かべたら

涙を手の甲できゅっとぬぐって、また目の前の食材と向き合えた

そうしているうちに心が少しずつ温まって行くようで。

 

そうして余裕ができてくると

買い物を通して、食材から季節を移ろいを感じれるようになった。

旬のものを食べるのは、不思議と心地よかった。
ご飯を作る時間はなんだかとても穏やかで、
少しキッチンの窓を開けて作るのが好きだった。


有り余る途方も無い時間をただただ潰すだけだった日々から


「丁寧に日々と向き合う」
それの基本を教えてくれたのが料理だった。

 

 

 

 

 

あれとこれを、一緒に食べて

口の中で食材を混ぜこぜにして

「美味しい」って感じるのはどうやら、日本人だけらしくて。

 

よこはご飯を作る時

「お口が幸せ」

を意識して作るようにしています。

 

例えば昨日のご飯なら

鮭とクリームシチューを一緒に食べたら

洋風にお口が幸せ。

鮭と出し巻き卵を一緒に食べたら

和風にお口が幸せ、みたいに。

 

お口が幸せにになると、お腹が幸せになって

 

お腹が幸せになると、心が幸せになるの

 

 

食は、偉大だね

 

 

 

もしもあなたが今

家にも居場所がなくて、自分の部屋のお布団だけが唯一の逃げ場のように感じてしまって

親の声がうるさくて

こんな家早く出たい

早くお金をかせげるようになりたい

なんて思っているのなら

 

ご飯を作ってみて。

 

居場所は、自分で作るものだから。

 

ただ、間違えないで

お部屋に閉じこもるみたいに

そこにある世界に反発するように居場所を作るのでなく、馴染むように、作る事が大切。

 

それをするのには、ご飯を作るのが丁度いい。

 

もしあなたが絶世の不器用なら

ご飯じゃなくてもいい。

 

何か1つ、家族のために

特に理解を得たい人のために何かをしてみて。

 

そうすればじんわり広がる温もりのように

あなたの居場所が少しずつ出来るはずだから

 

 

大丈夫、あなたはちゃんと愛されてるよ。

 

 

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