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よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と母に望む事

 

家事が、苦手です。

 

 

「洗濯たたんどいてくれる?」

 

眠る前に携帯をいじっていた私に、

母は突然言ってきたよ。

 

いろいろ考え答えを絞り出せずに

無言で俯いていたら

母は追い打ちをかけてきて

「少し考えさせて」と私は言い渡したの。

 

すると母は「今、答えて」

 

 

 

言葉を出せずに俯く子供に

考える間を与えない大人は、ずるい。

 

何か言いなさいと

黙っていたらわからないと

まくし立てられることは、心底胸がつまる。

 

何も言えない間

いろんなことを瞬時に考えていて

それで頭がショートしかけた時に

追い打ちをかけられれば

完全にショートし、また底に落ちてしまう。

 

 

子供それぞれに合った会話のペースを

もっとちゃんと、見つめて欲しい。

 

 

そして得意教科、不得意教科のように

子供にとってなにが不得意なのか、

それがどれだけストレスなのか、見つめて欲しい。

 

大人になれば家事をするのが普通

お手伝いは当たり前

 

それは「母親」の基準で

その全てを子供に当てはめるのは

何か、違う気がしてならないのです。

 

子供は、わかっているから。

「お手伝いはしなきゃいけない」

 

それが、家に立場のない子供であればあるほどに、よく、わかっているから。

 

しなきゃいけないのはわかってる。

だけどそれはとてもストレスで

今の私にはそれをする余力がないの。

 

それが、本音なのに

 

でもそれを言えば

お手伝いくらいできるでしょと、甘えるなと、私ばっかりと言わんばかりの疲れた顔で

あなたは見てくるから。

 

1人の時間や

1人のペースが必要な時に

家庭や母親という立場の基準で

何かを強要されるのは

とても、苦しくて。

 

本当に心に余裕がなくなると

 

「それは母親の仕事でしょう」と、

 

「あなたが勝手に母親になったんでしょう」と、

 

そんな悲しい言葉を、ぶつけてしまうから。

 

 

家事を頼む時

 

向き不向きを見極めて欲しい。

 

例えば私は

洗濯を畳むことはストレスに近い苦痛でも

晩御飯を作ることはストレス発散に近い喜びで

 

それならいっそそっちを頼んでくれたらいいのに。

 

あの時、私に考える時間をくれたら

 

「洗濯はちょっと辛いけど、晩御飯なら作れるよ」

 

そう、言えたはずなのに。

私は結局なにも言えないまま

あなたは疲れたため息ひとつ、私の部屋に

残したまま。

 

 

たかが些細な親子喧嘩でも

私のような子供には

その些細な喧嘩は静かな夜に大きく轟いて

1人、お腹が痛くなって

眠れなくなって。

 

 

きちんと、見つめて欲しい。

 

会話のペース

得意、不得意

話しをする時間帯

 

嫌なものとも向き合いなさいと

あなただけで生活してるのではないと

 

そういう周りの価値観や

大きなくくりで見つめてくるその前に

 

目の前のたった1人の子供をどうか

きちんと見つめて、見極めて欲しい。

 

親という存在がどれだけ、

どれだけ子供にとって大きいかを

忘れないで欲しい。

 

子供が成長したってそれは同じであることを、

覚えておいて欲しい。

 

あなたの言葉ひとつで

子供は自分をいくらでも殺せるんだ。

 

 

きっといつか忘れてしまう

未来の私へ

 

子供の私からのメッセージ

 

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photo by kei