よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気とあの胸元

 

 

彼のことは、もう何も覚えてはいなかった

 

ただ今日の風が生ぬるかった事とか

港の潮が引けていた事とか

観覧車が不気味にそびえ立っていた事とか

 

そんな事しか思い出せなかった。

 

 

胸板

 

唯一私が覚えている彼のパーツだった

 

ああなんて、安心感のある胸元だろうと思った

 

薄いグレーのニットの上からでも

はっきりとわかるそれは

私にいいようない安心感を与えた

 

引力みたいだと思った

あそこに飛び込んだらどんなに心地いいだろう

きっと世界の汚いものすべてから

守ってくれるだろう

そんな気さえした

 

 

当たり前のデートなど

私にはやはり程遠かったのだ

 

長蛇の列に並ぶその間、発作が起きないか

起きたら何を言い訳に逃れようか

 

そんな事ばかりを、考えていた

 

なんて浅ましい人間だろう

私は、嘘と一緒に生きているみたいな

卑怯者だ。

 

だけど、私があの時笑ったのは

嘘ではなかった

心から、楽しかったのだ

 

けれど同時に

切ない予感をはらんだ甘い気持ちが

ぐっと私の中に押し寄せて

あっという間に心を埋め尽くしてしまった

 

私の心にはまだ、そんな余裕はないのに

 

私は浅ましい人間だ。

 

 

仕事も趣味も、自分の出来る範囲でやればいい

自分に合わせていればいい

 

でも恋とか愛とかは、そうではない

 

 

電車に乗れなかった日々のような苦しみが

私の中にどっと流れ込む

 

当たり前のことができない私

当たり前の幸せを与えられない私

 

それがひどくつらく、

口の中でいつまでも苦味をまとった。

 

 

「いつか目が眩むような恋がしたい」

 

何度も紙に書いては破り捨て

声に出しては嗚咽に流し込んだ

 

日々はただ、残酷だった。

 

 

「.一緒に電車に乗れない」

そう言った私に

「それでも私を選んでくれてありがとう」

と答えた彼女

 

当たり前のことができない苦しみをよく知っていた彼女は

そんな言葉を、当然のように私へ贈った

 

ええ、そうなの
それでもあなたを、選んだの

 

その苦しみを持ってしても

あなたと向き合いたかったの

 

 嫌われても

軽蔑されても

呆れられても

それでもあなたを写したかった

 

残酷なのは日々ではない

苦しみと向き合いきれない、私の弱さだ

 

 

苦しくても

息ができなくても

 

何かたった1つの

曖昧に揺れる、掴みたいもののために

私は向き合わなければいけない

 

そしてそうまでしてでも向き合いたい人を

きっともっと私は、大切にしなければいけない

 

 

例えばそう、

あの胸元のようなものを

 

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photo by takayanagi