よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と生きている事



あまりにも強い感情に触れてしまった時


よこの頭は、ショートします。



それが、自分の感情でなくても。
他人の強い感情や
憎しみ、喜び、悲しみ、
声にならない思いに触れてしまった時

激しい動揺が、止まりません。


毎日そんなんでは生きていけないことを
よこは20年生きてきて学んできたので

普段はあまり、深く考えないようにしています。

なんとなく、
ぼんやりとその輪郭をとらえるだけで
それ以上の深追いは
自分の心にはあまりにも刺激が強すぎるので、考えないようにしています。




でも今日は
ちょっと考えずに入られないので
言葉にして、頭の中を、整理しようと思います。





「もしもあの時私が、違う道を選んでいたら」



きっと人生の中でもどん底にいた

毎日涙が止まらなくて
生きているのに、死んでいるような

真っ白な日々の中で



私が、死という、道を、選んでいたら。





考えた瞬間、怖く、なりました。

それは、死ということ以上の恐怖。




どうして、私
あの時生きられたんだろう。




1人で膝を抱えて泣いていた

人を避けて
大切な人を自ら遠ざけて
1人に、なろうとしていた。

周りなんてこれっぽっちも、見えていなかった。

1人で
本当に1人で
「助けて」と叫んでも
届く距離には誰もいなくて

眠れない夜は長くて深くて
どんどん海の底に落ちていくようで
ブクブクと息ができなくなって

どんな曲を聴いても
私にはリズムが早すぎて
世の中の時間の流れさえ
捉えきれなくて


ご飯が喉を、通らなくて
学校に、いけなくて
大切な人すべてに、会えなくて
外に出ることさえ、恐怖で


もうなにも、
見たくなくて聞きたくなくて


ぎゅっと硬く
目をつぶっていた。




でも、世界はよこを
1人にすることを許さなかった。




「人は、1人では生きていけない」


その言葉の通りだった。
硬く閉ざしていた瞼を
ほんの少し開けてみたら

たくさんの、愛する人たちの、
足元が見えたんだ。

そうして頭の中に
大切な人たちの顔が、溢れたんだ。



友達
家族
恋人
ここで知り合った人たち
フォロワーさんたち


ここでたくさんの言葉にであって
触れて


そして


命の尊さ、を


身をもって私は、知ったんだ。




うん、大丈夫。

あの時のこと
今もちゃんと、覚えてるよ。




「生きていてほしい」



「生きていてくれてありがとう」


心から泣き叫んだあの日を、
よこはちゃんと、覚えている。



そして、
「生き抜いてくれてありがとう」と
言ってくれたあの人の言葉も
今もよこは、鮮明に、覚えている。




今も、毎日ふとした時に思う。



あの人は、
泣いていないだろうか
病に伏してはいないだろうか
笑えているだろうか

生き抜いて、いるだろうか。


そしてその人の生存を確認しては
笑顔が、綻びて
感謝の気持ちが溢れるんだ。




いろんな人に、出会ったね。




難病と闘う人
病を隠し生きる人
病にのまれている人
甘えることを知らない人
死のすぐ隣にいる人
深い夜の闇に泣く人
静かな夜に安堵する人
病の子を持つ人
生きている人
もうこの世にいない人




そうしていつの間にか


「生きよう」と


思えていた。




生きることを諦められなくて

惨めな自分を許せなくて

希望を、捨てきれない自分に気付けた時


「死」という

最大の逃避を、私は、拒絶できた。





今でもまだ



何十年という
完治までの単位に絶望して


将来を見据えて
闇に飲まれそうになって


信じていた人たちに裏切られて
もう誰も信じたくないと
1人になろうとするのに



それでも、絶望に触れるたびに思い知らされる。


離れない人は、ちゃんといるということを。




私は、こんなにも取るに足りないのに。


それでも、愛し続けてくれる人たちは


必ず、いるの。





なれないよ。


1人になんて、なれっこないんだ。



伝わってますか

感謝も、愛情も、全部


私の、そばにい続けてくれる
すべての人へ


伝えつづけるから
いつか、どうか、届いてね。






人間なんて大っ嫌い
みんなみんな大っ嫌い

いつか必ずサヨナラはくるし
どうせ私を知った瞬間に
絶望して離れていくんでしょう




表ではこう言ってるけど
本当は、心の中では、ちゃんとわかってるんだ。



人間、捨てたもんじゃないってこと。

私が病をカミングアウトしたって
批判や拒否を示す人は
ほんのわずかであるということ。



だからよこは
みんな大っ嫌いでみんな大好きだよ。







今よこが、生きられている理由



たくさんの人、言葉。


でもそれ以外にたぶん、もう1つあるの。



それがきっと、写真なんだと思う。



もし今の私に、
写真という、被写体という
世界がなかったら


なにをしていただろう?


毎日誰となにを話して
24時間をどうやって潰していただろう?


考えただけでも、怖くなる。


よこの作品は
常によこの感情とリンクしてて

吐き出せない弱音や苦しみを
写真にして吐き出すんだ。


そしうして写真が絡めば
不可能とさえ思えるどんな事だって


なんだってできる
どこへだっていける

そう思えるようになるんだ。






発病した瞬間

消えてしまいたいと

何度も何度も何度も泣き叫んだ




それでも

あなたが笑いかけてくれた

あなたが愛をくれた

あなたが名前を呼んでくれた

あなたが話を聞いてくれた

あなたが、出会ってくれた


私の味方でいると、


誓ってくれた。


たとえそれが、嘘に変わったとしても
綺麗事だったとしても。


その言葉に汚れは一切なくて


その笑い顔も

その温度も

その思いも



きっとなに1つ
汚れない無垢なものだった。






私が今、生きている事



笑って、泣いて、苦しんで
そんな感情をしっかりもって

生きている事



人を愛し、人に愛されながら

生きている事。



夜に眠りについても

朝には目覚められる事。



弱くも、どこか強く

生きていられる事。




罪を背負いながらも、幸せだと感じながら

生きられている事。




どこへでもいける丈夫な足を持ち

しっかり血液を送り出す心臓を持ち

涙を拭える手を持ち

感情を持つ事のできる脳を持ち

世界の音がちゃんと聞こえる耳を持ち

前を見据えられる瞳を持ち


そして大切な人に
「愛している」と伝えられる口を持ちながら


今私が、生きられている事。



それがどれだけ、奇跡みたいな事かも


それ以上の事なんて、ないという事も。





忘れない。


私は、忘れないよ。


忘れちゃ、ダメなんだ。


ダメなんだよ。





よこは、きっとこれからも生きつづけるし

よこの人生は遠くから見れば

とても、幸せなんだと思う。




どんなに辛くても
苦しくても
1人でも
薬を手放せなくても
大切な人に会えなくても
人を愛せなくても
呼吸の仕方がわからなくても
誰も信じられなくなっても



生きていられる奇跡を忘れなければ

きっと、それだけで

この上のない幸せだよ。




すべての愛する人が
どうか今日も生きていますように。




今日はこのへんでf:id:yoco_0531:20160227164905j:image