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よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と先人

 

 

先人の言葉というのはやはり

とても大きいもののように思います。

 

 

以前の記事でも書いたけれど

私が電車に乗れるようになったきっかけも

先人である、友人の母の存在でした。

 

その女性は3児の母にして

電車を一駅ずつ下りながら、生活していたのでした。

それを、自分の子供に悟られることもなく。

 

母は強しとは、まさにこのことでした。

 

 

それから前回の記事を教えてくれたのも

先人である友人でした。

 

私は彼から他にも多くの事を教えられました。

 

学びたいという意欲や

無限の方向性

 

 

 

年上の存在というのは、

無意識に安心や信頼に繋がるもので

 

先人の言葉一字一句が正しいとか

決してそんなことはないけれど

 

「ああ、この人がこう言うなら、私もきっと大丈夫や」

 

そう、思えるのです。

 

 

もちろん、そんな先人達ばかりではないし

中にはむしろ絶望を与えるような先人もいて。

 

 

 

だけど私もいつかは

大丈夫だって安心を与えられる先人になりたくて。

 

 

あの人がいるから、私も大丈夫

 

そんな安心感を与えられる人になりたくて。

 

 

ほんとのことを言えば、

未来を考えると不安は尽きないです。

 

 

好きな人と冗談で将来の話をして

子供の話になったって

 

「3人は欲しいじゃん!」ってゆう冗談まがいのそのセリフにさえ

 

 

私は曖昧にしか、笑えなくて。

 

 

だって、遺伝は少なからず伝わってしまって

私は子供に、そんな未来を背負わせたくなくて。

そもそも育児中にまた再発したらどうすんだって、

お産中にパニック発作できたらどうすんだって。

 

 

自信なんて1ミリもなくて。

そんな自分が、情けなくて

不甲斐なくて、しょうがなくてさあ。

 

 

 

すこし昔、明け方青白い部屋で

自分の薬が妊婦は飲まない方がいいもの

と知ってしまった時

私は確かに、絶望を背負ったの。

 

 

だから本当は、怖くて、しかたなくて。

 

 

だけどそんな私の光になるのは

確かに、先人の存在で。

 

 

明確な理由なんてそこにはないけれど

その人達のことを考えると

包まれるような漠然とした安心感を、

いつも、感じられるのです。

 

 

なんとかなる、なんて言われても

信じられないような暗闇でも

理屈が通じないどん底でも

先人の灯した明かりは確かに、残っているのです。

 

 

それは決して

ハッピーエンドを残した先人に限らなくて。

 

 

彼は(彼女は)、

美しい文章を書く彼は、

自分の価値ある正常範囲を守るために

海に飛び込んだ彼は、

 

今もまだこの世にいるのかわからないけれど

 

確かに私の、先人です。

 

とても尊い人でした。

 

 

私は生ということの全てを、彼から教わりました。

そして今も、彼の灯してくれた明かりが

ほんのり私の中で残っています。

 

 

何かあると私はすぐあなたに、心の中で報告しているのです。

 

「ねえ、電車に乗れたよ」

「ねえ、今日は体調を壊したよ」

「ねえ、またニートになっちゃったよ」

 

もうそんな報告さえ、彼には届かないけれど

 

 

それでも、地獄と現世の間で生を全うし

生き抜いた彼は、私の中で誰より尊い存在です。

 

 

何度も言うけれど

 

生きているだけで人は、誰かの光になれると

 

私は信じています。

 

 

 

時々、彼に会いたくてたまらなくなる時があって。

死ねば会えるかな、なんて思うけれど

たぶんそんなことしたら、彼は悲しい顔して

それでも笑って受けいれて、

それで自分を責めるような人だから。

わたしはやっぱりまだ彼に会えなくて。

 

そんなふうに繰り返し

わたしの中に灯火として、残り続けている。

 

 

私も、彼のように

眩しすぎず

程よく心地よい明かりを灯せる人になりたい。

 

 

だから私は

 

幸せでも不幸でも

死でも生でも

 

向き合い続けていくよ

臆することなく、胸を張り続けていくよ

 

 

 

今日はこのへんで

 

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