よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気と終わらせたい今日

1番不甲斐ないのは

解放された途端に、症状が和らぐことだ

 

迷惑をかけたあとのリカバーの仕方がわからない

何をどう言っても言い訳にしか聞こえない。

 

病気はどこまで隠し、

どこから開示するのか

職場には伝えた方がもちろん働きやすくなる。でも彼女たちのうちの何人が理解を示してくれるのだろうか

 

社会にはどこまで迷惑をかけていいのだろうか

迷惑をかけるくらいなら家にいればいい家にいるとの害ならばいっそ消えてしまえばいい

迷惑なんて、かける方もかけられる方も辛いだけだ

 

ただひとつ

睡眠が安定してなくて体調が悪かっただけ

 

それだけと思えればいいのに

それだけと思えない

 

2日連続で大きな発作が起きた

 

この先、乗り越えなければいけないものはたくさんあるのに。

もしその時も同じようになったら

私はまた何かを諦めなければいけない、

失わなければいけない。

 

本当に怖いのは

自分の体が自分の意思と関係なく動くあの感覚

 

そして少しずつかけて取り戻してきたものが、またじわじわと、奪われていくあの感覚

 

もう少し生きたいと願った昨日は

確かにあったはずなのに

もう終わらせてしまいたいとまで思う今日だった

 

幸せなまま死んでいたい

辛い中死んでいくのは悲しすぎる

 

例えばこの苦しみと、一緒に闘ってくれるようなパートナーがいればどんなに救われるだろう。

 

しかしどんなに愛があれど

病は2人分の未来を残酷なほど平等に曇らせる。

そうして結局闘うのは、いつだって1人ぼっちだった。

 

ここまで生きながらえてきた自分を誇らしく思い、同時にとても、浅ましく思う。

なんて自分は図々しい人間なのだろう。

 

夢を見すぎていた。

院に進み、臨床心理士になりたいなどと、身の丈に合わないような輝かしすぎる夢だった。

 

みんな必死に生きてる

だらか死んではだめだ

などという人は、本当に何も知らない人だと私は思う。

 

必死に生きているからこそ

終わりを選ぶ権利があるのだ。

 

他人でもなく、病気でもなく、

私の終わりは私が決めたい。

 

 

夢も、愛も、失ってしまった時苦しいもの全てを、私から遠ざけたい。

奪われるくらいなら、自分から手放したい。何も、望みたくない。

 

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私と病気と白日

 

じりじりと、今日が奪われていく感覚

 

 

疲れ切った体と裏腹に

明日も頑張ろうという希望は絶望に

 

眠れないまま、朝が来る

 

布団に入って6時間が経つということ

 

君はあの青白い箱を知ってるか

 

朝のほんの少し手前

朝日でぼうっと不気味に照らし出される

白日の時を知ってるか

 

眠れずに腫らした赤い目で

掴めない宙を見つめ

てを伸ばしては白い布団は吸い込まれる

 

当たり前のことが

どうしてこんなにも私はできない

 

当たり前に仕事をして

当たり前に勉強をして

当たり前にご飯を食べて

 

どうして当たり前に寝て

朝起きて

今日を始められないのか

 

友達からの結婚報告は今日で6件目だ

 

幸せなのだろう

目もくらむような恋なのだろう

 

私は、寝ることさえままならないまま。

 

情けない。

惨めで、不甲斐ない。

 

 

じりじりと、今日が奪われていくようだ

 

新しい朝をくれ

新しい朝をくれ

 

ぴかぴかで真新しい

朝をはかせておくれ

 

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私と与えられた人と奪われた人

 

どうあがいてもこの世には

「与えられた者」と

「奪われた者」がいるようです。

 

 

与えられた者と考えて自分のことが浮かぶ人の方が少ないのかもしれないけれど

 

奪われた者には確かにわかる感覚があるようで

私は確かに「奪われた者」でした。

 

春は与えられたものの匂いが強く

街を歩いててなんとなく苦しくなるのは

そんな陽気な匂いのせいなのかもしれません。

 

あの春に「君には未来があるから」と

背中の裏に隠し続けた思いがありました。

人の未来を奪うことしかできない、そんな錆びた鉛のような自分が、許せなくて仕方なかったです。

 

 

「人として与えられるはずであろう

一定数の自由、それに伴う希望」

 

わたしが体感ではかっている

与えられた者が持ち合わせているものは

これなのでは無いかと思います。

 

与えられるべきものが少ない、または小さい

それに伴い生活、生命活動に限界が生じる

 

 

幾晩か前に

医療系バラエティをぼーっと見ていた彼が

「こう言うのって突然くるから怖いよね〜やだな〜」と言っているのを聞いて

 

私は「そうだね」と笑いながら

ああ、この人は与えられた人だと思いました。

 

桜が満開だった夜に夜桜を見ていた彼が

「自分裏も表もないんです」と笑っているのを聞いた時も

 

ああこの人は与えられた人間だと思いました。

 

「とてもじゃないけど、

この世の中生きていこうとしたら

そんなこと言ってられないよ。」

 

そういう率直な感想が、

2つの場面を通して私の中にありました。

 

病の再発なんて突然の繰り返しで

そんなのに怯えていてはなにもできない。

裏も表も作っていなきゃ、とても社会に順応なんてできない、取り繕っていけない。

 

与えられた人は

嫉ましくもあり、羨ましくもあります。

 

与えられた人には

私にはとてもできないようなことが本当にたくさんあって、きっとこれからも率先して社会を回していく人たちになるのでしょう。

 

それでもたぶん、奪われた人には奪われた人にしかできないことがあって。

それはきっと与えられた人に比べたら

地味で些細なのかもしれないけれど、

動かせる足があるのなら

生きたい場所が、やりたいことがあるのなら

きっと同じように、やり遂げられるはずなのだと。

 

神さまは奪うだけのようなことはしない。

必ず奪い、そして与えていくのだと

言っていた人がいたように。

 

体感でしかわからないけれど

私たちは「奪われた」という感覚を確かに

与えられています。

 

その感覚をくちゃくちゃに丸めて

ポッケに突っ込んで拳作って唾はきながら

歩いていくのもまた強さ

 

だけどたまに、不甲斐なくて、泣いてしまって立ち止まってしまった時

くちゃくちゃになったそれをそっと開いてみる

のも強さ。

 

ただひとつ、おおっぴらに掲げて

踏ん反り返って歩くような人にだけはならないように。

粛々と持ち合わせて生きていけますように。

 

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私と病気と自己紹介

 

私を知らない人と一緒にいるのが苦手だ

 

大学1年生の時は病気をひたすら隠し

私を知られないようにするのに一生懸命だった

 

それでもいつからか私は

私を隠すことをやめた。

 

私を知っている人だけで構築された世界は

とてつもなく柔らかく、

張り巡らされていた見下す目も、冷ややかな言葉もそこには一切なかった。

 

自分の持っているものを未知のものとせず

しっかり掴み、わかること

包み隠さず、恐れず、話すこと

 

そうした手順を踏むのに時間はかかったけれど

一度できてしまえば

世界はこんなにも美しくなった。

 

けれど小さかった私の世界は

私の体が快調に向かうにつれて

少しずつ、大きくなった

 

大きくなるにつれ、

私のことを知らない人が増えた

 

 

飲み会はきらいだ。

 

私のことを知らない人ばかりが集まら上に

自分の辛かった事を

平気で笑いながら話さなければいけない

 

退学しちゃったんですよ〜

蹴ってやりましたよ笑

病気しちゃって!

今は通信なんですよね!

 

何を笑ってるんだ私、と、胸の内でひそかに苦しくなる。

 

笑って、ないがしろにして話してしまっていいことじゃないだろう。

私にとってそれが、どれだけ大切で、譲れないことか、知っているだろう。

 

親族の不幸を笑って話すようなものだ。

 

 

「高校の時から、実はパニック障害を持っていたんです。

なんとか大学に進めたんですけど、

2年生が終わる時、大きく発症してしまって。

そかからはもう、本当に突然。

電車に乗れなくなって、大学にも行けなくなったり、

あまつさえコンビニにさえ行けなくなってしまって。

全ての当たり前が、奪われてしまって、

本当に苦しくて、ずっと、ただくらい、

布団の中で泣いていました。

 

半年休養して、復学してみたんですけど、

1ヶ月でだめになっちゃって。

退学届を、出しました。

泣きながら紙切れ一枚、学生部に持っていって

私の学生生活は、終わりました。

 

それでも私、捨てきれなくて

生きることを、諦めきれなくて。

去年、通信大学に編入しました。

学士を取得しようという目標ではいったんですけど、私、そこで夢を持てました。

臨床心理師になって、心に寄り添いながら一緒に戦う人になりたいです。

通信大は、孤独で、勉強も独学で大変だけれど

夢を叶えたいです。

 

何もできなかったあの頃に

見下してきたあいつらを、見返したいです。

 

奪われた人間にしかできないことを

やってのけたいです。

 

偏見や不自由は絶えないです。

毎日がサバイバルです。

 

それでも、道は大きく違ってしまったけれど

私はこの道を進みたいです。」

 

 

大勢の前で演説してやりたいくらいだ。

 

もう私には、よっ友も、飲み友もいらない。

理解できないような人間もいらない。

 

それでもいいよといってくれる人だけで十分だ。

 

「できないことをできるようになるだけが成長じゃないよ」と言ってくれた人がいる

 

私の頑張りを知り、認め、許してくれる人。

 

 

わがままだと言われるかもしれない。

でも、それでいいのだと思う。

 

どんな人とでもやっていけるようになることは

確かに尊いことかもしれない。

 

それでも偏見を向けられながら一方的に傷つき生きていくようでは、

あまりにせちがらいではないか。

 

自分を守れるのは自分しかいないから

支えるよなんて言ったって、残念ながら人は簡単に去っていくから。

自分のことは、自分で守れるようにならなくちゃいけない。

 

暮らしやすい環境をつくること。

そのために一歩、勇気を振り絞ること。

自分を表現すること。

 

 

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私と病気と三年生終了

 

復学を決めて1年半

退学届を握りしめて1年

そして

通信大学へ願書を出して1年

 

本日ようやく

通信制1年目が、終了しました。

 

世間のレールに沿って

小学校から高校へ進学する中で

私はそこになんの疑問も、責任も、

持っていませんでした。

 

通信大学へ行く決意は

自ら世間のレールを離れる決意。

そこにはたくさんの心配からくる批判も

負け組や残念な子というレッテルも

見たくないものがたくさんありました。

 

その視線で

初対面の人や友達との会話では

言葉を濁すことも何度もありました。

 

それでも

ここで負けることは、病に負けることを意味するように思えて。

私はひたすら一生懸命に机に向かいました。

 

普通の大学とは比べものにならないくらい

教科書の量を読み、

何万文字のノートをとりました。

 

もう誰にも、文句なんて言わせない。

心配なんて、させたくなかった。

 

復学を決めたものの

たったの1ヶ月で通えなくなった三年生。

屋上で一人肩をすくめて泣いていた

とてもとても弱い私は

ずっと心の中でまだかまりとして残っていました。

 

母は退学届を出しに行く日

玄関で私の背中をさすりました。

いつでも帰ってきていいと、背中を優しく

撫でました。

 

嬉しかったけど、悔しかった、本当に。

 

心配や同情の言葉なんかより
言って欲しかった。
あなたなら大丈夫よ、と
信じて欲しかった。

 

でも、ほら、見てよ。

私にもできたでしょう?

 

自分で決めたことを、自分の力で

やり遂げる力が、私にもちゃんとあったの

 

 

 

 

「適応」とは、誰が決めることでしょうか。

 

通えない学校に、通えるようになることだけが

適応なのでしょうか。

 

社会に出た父親からみれば

寝坊も、不登校も、一人が楽なことも

そんなんでは社会に適応できないと焦り

 

頭の中にできない部下の姿を思い浮かべては

そんな大人になって欲しくはないと

それぞれの正しい「適応」をおしつけようとする。

 

それは親だけでなく、教師が、そして世間そのものが。

私たちに無意識に押し付けてくるものです。

 

 

子どもだからと、委ねすぎるなよ。

子どもだからと、あまりなめていないでよ。 

 

こんな体にも、魅力に感じてよ。

 

弱いふりして弱いものにはできないこと

しちゃうつもりなんだから。

 

私は私の意思で

自分の行く道を決めるよ

 

 

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私と病気と手枷足枷

 

「向き合うこと」

「誰かと共にすること」

 

とても精神を使う2つのことだと思います。

 

問題が起こった時、

見て見ぬ振りをする方が楽にうまく切り抜けられる。

きちんと向き合うのは、力を使う。

 

悲しみは一人だけなら耐えられるけれど

誰かを巻き込むとなると途端に耐えられなくなってしまう。

 

病は、

この2つと常に一緒にあらなくてはいけません

 

病を治すために

見て見ぬふりなんて許されないから

いつも心をすり減らして向き合い続ける。

それでも普通の人は見て見ないふりがすごく上手くて、そんな人が羨ましくて、

ときどき妬ましい。

 

病を一人で戦うには

あまりにも心もとなくて

誰かと助けを求める。

 

助けを求めるくせに、いざ差し出された手を

素直に握れないのは

自分がまるで蟻地獄の真ん中から手を突き出しているように思えるから。

 

この人を、巻き込んではいけないと

涙が溢れては、言葉が喉に詰まって行く

 

病と向き合い始めて5年が経ちます。

世界は確実に広がっていて

私は「欲すること」をつい最近思い出しました。

 

やりたいこと、会いたい人、行きたい場所

 

学習性無力感というものがあって

人は痛みにさらされ続けると、その痛みから流れるということを諦めて

耐えるということを学んでしまうそうです。

 

何かを欲することもまた、同じなんだろうと思いました。

 

奪われ続けた人間は

欲することをやめ、

諦めるということを学んでしまうだろうと。

 

だから私にとって欲するということを思い出せたのは、とても重要なことでした。

 

それでも今私は

自分の醜さにどうやら耐えかねて

欲することを猛烈に手放したい

 

病と向き合うのに疲れ

誰かを巻き込むことに絶望し

 

私が欲を出さなければ

こんなに向き合って、なんとか乗り越えようと

思うこともないのだと

 

私が欲を出さなければ

こんなに大切な人を巻き込んで、一緒に地中へ引きずりこむこともないのだと

 

全てを投げ出してしまいたい。

消えてしまいたい。

 

お願いだからどうか、自由をくれよ

 

卒業旅行に行かせてくれ

好きなだけ好きなところで働かせてくれ

大切な人を守れるだけの財力をつけさせてくれ

親に心配をかけないだけの身体をくれ

家を出れる自立力をくれ

毎朝軽やかに起き上がれる身体をくれ

どんな乗り物にでも乗れる身体をくれ

 

 

世界は確実に開けているのに

 

あと一歩じゃないか

 

あと少しじゃないか

 

足枷も手枷もついたままでいいから

あと少し、ほんの少し、

伸ばしてくれよ。

 

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私と病気と一年前の私

一年前の私は

今日の私より強かった

 

http://yoco-0531.hatenablog.jp/entry/2016/12/02/052654

 

院に行きたいと気持ちを震わせ

たくさんの情報を得ていくうちに

立ちはだかったのは通信制という大きな大きな壁だった

 

大学生と同等の努力をしても

軍パイがあがるのは向こう

 

通信の学生証は

学割を適用するにすぎないツールでした

 

異常という文字が全面につきつけられるようで

いくら努力しても報われない気がして

未来が怖くなって、

そんな未来ならいらないと

弱い私は、死に急ぐ。

 

それでも一年前の私は未来になんて怯えてなかった。ただ目の前の発作の恐怖に

真っ向から立ち向かっていた。

戦えることが、幸福とさえ思っていた。

 

どこまでも弱く、弱く

死に急ぐ私は

あの頃の私よりも遥かにもろい。

 

大切な人がいて

家族がいて

 

どちらにいても負担にしかならない自分の

情けなさに泣いた

どちらにもいれない自分1人の恐怖に

怯えて泣いた

 

2人で大丈夫になるにはきっと

1人で大丈夫にならなきゃいけない。

 

きちんと。

 

私は1人になるのが怖いままで

だからきっと、こんなに死に急ぐ。

 

発作の恐怖は、もうほとんどないのに

そのかわりに突き刺さる

自分が歩んできたこの道への不安

 

道はそれだけじゃない

ダメなら違う道を選べばいい

 

院か

死か

婚活か

 

そればっかりじゃないか

 

1人で大丈夫になるという選択肢を

きちんと入れなきゃダメだ

 

院がだめなら

そのかわりに働ける場所を見つければいい

正社員じゃなくてフリーターでもいい

なんでもいいから、1人でいられるのに十分な

力をつけるんだ

 

焦らなくていい

焦らなくていい

 

大学生のうちに、力をつけて。

1人でいられるのに十分な力をつけて。

 

それは財力だけじゃない。

体のこともしっかり見て。

 

今の体調で、1人になって、君はくたばらずにいれるか?

 

無理だろう、だってまだ無理だろう

わかってる、長期戦なんだよ

君の体はゆっくりゆっくり、そして必ず良くなってしまうんだ。

 

ヘラヘラ笑ってればいいよ

院なんて本気じゃないよ

わかってる。

 

現実的なとこでいけば

飲食か、フリーターかだろう。

それでもいいね、自立することが目標なんだ

 

1人で大丈夫になりたい。

 

誰のお荷物にもなりたくない。

 

必要とされたい。

 

 

1人がすごくすごく怖い私に

1人で大丈夫になるという選択肢は

1番の恐怖だ。

 

それは死んでしまうという以上の恐怖

愛のない結婚をするという以上の恐怖

 

1人は怖い。

 

いつからどうしてこんなに1人が怖くなったのか。

ずっと、1人で戦ってきたのにね。

 

 

こんなふうに悩めるのは正常だと

いくら自分では思っても

社会の何気ない言葉から、私は非正常だと

突きつけられるようで