よこと病気と○○と

1人の人間として、ありのままをツラツラと。お布団と社会の間から

私と病気とサヨナラ

 

みなさま、明けましておめでとうございます🌅

 

このブログを始め1年がたち

もう昔のブログ仲間はだいぶ減りましたが

今年もぽちぽちと更新していけたらと思います

 

本年もよろしくお願い致します🌿

 

 

 

今朝の10:45

電車に揺られながら職場へ向かっております。

 

夜3時過ぎに寝て

朝9時に起きました。

 

早起きはまだ苦しく、

体調が冴えない中乗る電車はまだ少し

息苦しいけれど、一生懸命向かっております。

 

朝日が、とても気持ちよかったなあ。

 

 

体調が、安定してきていることは確かで

 

朝5.6時に寝るくことも減って

体重が減ることもなくなって

電車に乗れないことも減って

(乗れなくても歩くことに悲観しなくなって)

発作に怯えるよりは

発作と折り合いをつけながら戦う日々

 

心の面でも

人と向き合えるようになっていたり

人と違う道を行くことに迷いがなくなったりと

確実に前進のように思われる日々が

続いています。

 

電車に、乗れるようになって

 

「ごめん!電車遅れてて待ち合わせ遅れる!」

と言えば

「その言葉に感動してる、、、乗れるようになったんだねえ」

と言われ

 

一緒に電車に乗れば

「え、一緒に乗れるの?」と言われ

「なめんな〜笑」と冗談で返せるようになり

 

そんな周りの反応が日々、嬉しくて。

 

 

私にとっては、

「やりたいことを選んで生きる道」は

余儀なくされたことであり

 

だけど私たちがうまくやれれば

それは周りからは

「流されず、自分の道を選ぶ勇気のある人」

とされるようです。

 

 

去年のお正月に

私は朝日を一人で見ていました。

 

http://yoco-0531.hatenablog.jp/entry/2016/01/01/071428

 

眠れないまま、公園の球場のベンチ

1人、朝日を浴びていた。

 

どこからともなくぽろぽろ流れてくる涙に

私は拭う気さえしなくて

 

ただ夜が明けたということに

小さな光を見いだそうと、必死だった。

 

おみくじは大吉で

「病、信ずれば治る」

「今は大変だけど、時期によくなる」

そんな言葉を信じて信じて信じて

 

不確かな

非科学的な

神様という存在に

わたしはただ、必死に信頼を託すしかなかった

 

初詣では「普通に生きたいです」と願った

 

 

それから一年

今年のおみくじは末吉

 

病、治る、信ぜよ

本業を忘れるべからず

 

初詣では「このままでいいです」と願った

 

 

普通に生きようと必死になっていたあの頃

 

「このままでいい」と思えるようになるまでに

一年が、かかりました。

 

それでも今もたまに、自分の体調を軽視しては

知らぬ間に普通に生きようとしてしまっている時があって。

その度に「普通に生きなくていい」と言い聞かせてくれる人がいてくれることに

感謝をするばかりで。

 

 

あの頃輝いていた「教師になる」という

錆び付いた夢も

改めて手にとってみれば、優しく溶けて。

 

今たまに、迷うけど

変わり始めたよ

変わり始めたの。

 

さぁ、夜が明けます。

たったそれだけのこと、ただそれだけのこと

だけど確実に、訪れること

 

できれば悲しい思いなんてしたくないけど

それでもそんな思いさえも

愛せたらいいな、いいね。

 

さよなら、去年までの私

 

こんにちは、2017年

 

さあ、私らしく生きてこう

 

 

 

f:id:yoco_0531:20170104111917j:image

 

photo by sino 

 

 

 

私と病気と惨めな人

 

新しい場所へすすむのは

年を重ねるごとに怖くなるものです

 

 

大学のパンフレットが、手元に揃って

紅茶をすすりながらそれを一枚ずつ

丁寧に、丁寧にめくっていく。

 

既視感のある「願書」の文字に

なぜか視界が霞んでゆく

 

めくるページの履修事項

心躍る反面、どんどん視界が霞んでゆくのは

どうしてだろう。

 

パンフレットを閉じ、

ぬるくなってしまった紅茶をすする。

 

 

後悔なんて、少しもしていなかった。

誰からも反対されたわけではなかった。

 

私が決めた道だった。

 

大学に戻ることも

大学を中退することも

通信に編入することも

 

それでも新しい選択を迫られた時

私はひとりぽっちだ。

批判の目ばかりが気になって

新しい場所はまた0から、1人からのスタートだ

 

怖さと、寂しさと

そして消えない不甲斐なさで、涙が溢れた。

 

どうして胸を張れないんだろう

笑って堂々としていたいのに

自分の人生を恥だなんて思いたくないのに

 

「自分だけ脱落した弱さ」は

きっといつまでも呪いのように私の中に

あるのだと思う。

 

だけどその呪いこそが

私が一生、忘れてはいけないことだ。

戦い続けていかなければいけないことだ。

 

例えば君が成功して

周りがいくら君を認めて許したって

君は君を、許してはいけないよ

 

その呪いは

君がこの先進む時のバネになる

 

その呪いは

君がこの先進む時の安全装置になる

 

その呪いは

君がこの先進む時の人に寄り添う温もりになる

 

呪いとすごく日々はときどきすごく君を苦しめるね

毒をもって生きるようだね

 

だけど頑張って、毒を飲み込んで

君はそいつと向き合うだけの免疫をもってるはず

それがいずれ君の、強さになる

 

 

 

私はすっかり冷え切った紅茶を飲み干して

またパンフレットを少しめくる

 

大学を変えると決めた時、

父に話した

私が社会で受けた「冷たい視線」

 

私の半年の空白は

社会では負のステータスであること

 

父は

納得いかないと言ったような、怪訝な表情をしていた。

 

私の不幸は、彼の屈辱だ

 

だから彼は理解したがらない

あたしがいくら社会で受けた仕打ちを話しても

それを認めようとしない

「そんなはずないだろう」と信じてはくれない

 

それは

彼の弱さであり、私への多大なる期待と愛だ

 

だから私はあまり親に弱音を吐きたくない

誰だって自分の我が子が痛い目にあってるなんて知りたくない

 

いじめを親に相談できないという問題が

少しだけ頭をかすめた気がした。

 

 

パンフレットを一通り読み終えて

少しだけTwitterを開く

 

彼女の声が蘇る

私を慕ってくれる人の声

「ごめんね、私そんな大した人間じゃないよ」

 

呪いは私を戒める

 

私はみんなのようには生きれない

弱い弱い生物なんです。

 

たとえばさ

社会でみんなは「嫌な人とも付き合っていく」

そんな我慢を覚えるんだろうね

 

でも私は、それができないよ

それだけのキャパが、私にはない。

「私の事が嫌いな人は、私の世界に要らない人」

そんな風に、生きている。

ずるい生きたかを、しているよ。

 

社会で我慢を学ぶことがどれだけ大切なことかは、この罪悪感が、呪いが、痛いほど教えてくれてる。

私が1番よく、わかってる。

 

でもね、やっぱり私にはそれができないんだ。

できないんだよ。

 

みんなと同じように

前習えして

レールに乗って

そんな風には、生きられないんだ。

 

あたしは、惨めな人間です。

 

 

 

それでも

私が1つ、誇れることがあるとすれば

 

それは

ここまでま生き抜いた力だろう。

 

レールの上は多くのしがらみがあるけれど

それでもみんなレールを歩くのは

そこが安全だと知っているからなんです。

 

レールを外れた荒野には

常に死の危機がそこらじゅうにあって

私はそれらを1つ1つくぐり抜け

ここまで、生を全うしました。

 

 

それは、周りに恵まれたからできたことです。

 

光が亡くなった時

なんの音も聞こえなくなった時

匂いや温度、色彩を失った時

 

それらを1から教えてくれる人がいました。

 

生き抜いた力、恵まれた環境

そして私の中に募る呪い

 

それは誰にも負けない、私の誇りです。

 

 

 

私はまた、新しい場所へ進もうとしています

 

先日、進めずにしゃがんでいたら

どこかのおっさんが言ってきました

 

「まだ21だろう?やりたいことやっとけ。

まだ若いから、いくらでもやり直しきくから

大丈夫だ大丈夫だ」

 

 

どうやら歳を重ねるごとに

新しい場所へすすむのは怖くなるようで

 

幸い私はまだ21で

きっとどこへ進むこともできる

若さが武器ならば

私はその武器を正しく使いたい

 

 

なにを失くしたの?

 

なにも失くしてないよ。

 

涙は枯れる理由を知っててそこにいるさ。

 

 

今日は仕事納め

皆さんお疲れ様です。

良い年の瀬を。

 

 

f:id:yoco_0531:20161228150557j:image 

photo by kei

 

去年の今頃

死んでた頃の私の記事

http://yoco-0531.hatenablog.jp/entry/2015/12/31/215914

 

 

私と病気と誓い

 

 

クリスマスだね

 

うん、そうだね

 

今年の予定は?

 

くりぼっちだよ、、、

 

いんじゃない?去年のが散々だったでしょ

 

やめて、、、

 

恋人はいたものの病気悪化中で

ろくな場所にいけなくて

一生懸命練ったプランも全く喜んでもらえなくて、一緒にいる最中に発作おこしかけて

数少ない貯金はたいて買ったプレゼントが唯一喜ばれたこと?

 

やめてえええ

 

あれは本当見るに耐えなかったねー

泣きながら自転車漕いで帰ってるの

 

く、くりぼっち最高です、、、!

 

うそつき。

恋してるくせに。

 

してない。

 

本当は好きなくせにね。

 

違う。

 

違わない。いつまで病気のせいにしてるつもり?

 

うるさいな、私じゃだめなんだってば

 

あ、認めた

私じゃだめだってゆう割にいつも人を好きになるのね。もうやめちゃえばいいのに。

 

わかってるよ。。

でも何度裏切られてもまた誰かを信じたくなっちゃうの。。

 

ふーん、そういうものなのね。

 

でもね、今回は違うの。

わたし、付き合いたいとか望んでないの。

 

つまり?

 

ただ話ができて

辛い時そばにいれる関係ならそれでいい

思える人がいるというだけで

私には、充分なの

 

どうしてそう思うの?

 

私じゃ、幸せにできないから。

普通の幸せをあげられないから。

 

そんなの相手に聞いてみないと

相手の幸せなんてわからないじゃない

 

彼には未来がある

 

あなたにもある

 

私の未来は不確かだ

 

誰の未来だってそうでしょ

 

わかってないなー

人一倍不確かなんだよ、私たちの未来なんて

 

ふーん、で、それに巻き込むのが怖いと

 

そうだよ

幸せであってほしいもの

 

偽善だね

いつまで病気を盾にしてるの?

 

わかってる

盾にしてるうちは捕らわれたままだって。

でもさ、もう怖いんだって

 

裏切られることが?

 

うん。

支えると言った人も

いつまでも待つと言った人も

みんな、何処かに行ってしまったもの。

 

トラウマなのね。

 

そう。

 

それで、いつになったら恋するの?

 

んーもう少しマシになったらかなあ。

せめて大学一、二年の頃くらいには。

 

その頃にはもうその面も老けきって

フリーターで誰も貰ってくれないかもね笑笑

 

やめてよ、、怖い、、笑

 

どっちにしろね、私はあなたが幸せになって欲しいと思うよ。

 

うん、ありがとう。

 

一人の人と生涯連れ添うだけが人生ではないわ。

 

うん、でもねできれば、家庭を持ちたいの。

 

それが夢だもんね。

 

うん、お母さんになりたいよ。

 

大丈夫、あなたならなれるよ。

 

なれるかな。

 

なれるわよ、ここまでこれたんだから。

 

だと、いいな。

 

焦せらなくって大丈夫よ

今あなたがしなきゃいけないことは

焦って恋をすることじゃない

やらなきゃいけないこと、やりたいこと

本当は山積みのはずでしょう?

 

うん、そうだね。

大丈夫、わかってる。

 

そしたら聖なる夜くらい

誰かの幸せを願ってなさいな。

自分の事を祈るより、誰かの幸せを願った方が

叶いやすいような気がするでしょう?

 

そうだね、

クリスマスの奇跡はきっとあるものね

 

 

 

うん、きっとある

だから何も心配いらないよ、大丈夫。

 

どうか忘れないで

決してどんな形でも、私はあなたの幸せを祈っているということ。

どんなに歪んでいても普通でなくても

あなたが幸せなら、それでいいの。

 

あなたが胸を張って幸せだと言えるのなら

またはこのままでいいと思ってないと

わかってるなら、

それでいいの

 

http://yoco-0531.hatenablog.jp/entry/2015/12/24/173647

 

去年のイブ

あなたは生きると誓った

そして、生きた

それ以上に尊いことはないのだから

 

進んでいるよ

目には見えなくても読み返せばほら

あなたはちゃんと自分の差した方へ進んでる

 

 大切なものは何も忘れていないし

確かな光は増えている

 

大丈夫

そのまま行けば、大丈夫

 

だからほらまたこれから1年

私は、生きるよ

 

f:id:yoco_0531:20161224040224j:image

 

photo by yuuichi

 

私と病気とまともな恋

 

性懲りも無く

人を好きになってしまうのは、なぜなんだろう

 

 

病気が再発してから私は

何度も人を好きになっては、人を傷つけ、

人に裏切られてきて

心はもう限界のはずなのに

それでもまた誰かを好きになった

 

病気が再発してから私は

まともな恋ができなくなった

 

まともに生きることは

もういくらでも捨てられたはずだった

だけど恋をすることは

私1人の問題ではなかった

相手までもまともじゃない方に巻き込むことになる

それはそう簡単な問題じゃなかった。

 

私は、幸せをあげられない

 

何度もそう学んだはずなのに

もう人を好きになってはいけないのに

 

私は誰かの裾を、掴んでしまう

 

そうして自分が傷つけた量に我慢できなくなっては、自らその関係を断ち切ってしまう

 

これ以上はダメだと、切ってしまう

相手の思いさえ、聞かないままに

 

それを「暴力的な弱さ」と言った

彼女の気持ちは、痛いほどわかる

 

相手に何も言えなくさせてしまう

私たちは、ずるい

 

相手が優しい人であればあるほど

そこに付け込むように弱さは暴力に変わってゆく

 

望んで得た弱さでは、ないのにね。

 

切ってしまえば楽になる

それは最大の逃避で

私たちが向き合わなければいけないと

何より自負していることで

 

 

怒らない優しいあなたに

どうして私はこんなに悲しみを覚えるのだろう

 

ああ、そうか

君は高みの見物なんだ

 

ただ私という被験者を観察台から

面白おかしく観察している

 

だってほら

私の涙にさえ気づかずに

手を差し伸べることは、一切しない

 

ただ楽しんでいたいなら

私というものの味方であることを名誉にしたいなら

無駄に愛情だけでそこにいるなら

 

とっととどっかに、行ってしまえばいい。

 

ただ生きていて欲しいと

私に願う君もそう

いつまで私を弱いもの扱いするの?

私は弱くない、何度言ったらわかるの

 

 

私を使って

いい人ぶるのはやめて

 

腹が立って、仕方ない。

 

優しさを受け入れられない自分に、

腹が立って、しかたない。

 

 

傷つけられるのは、苦しい

傷つけてしまうのは、もっと苦しい

 

苦しみと、向き合わなければいけないという思いと

苦しむくらいなら、捨ててしまえという思いが

あい混じっては濁り、滞る。

 

私が言わせてしまった言葉

「嫌なら体調不良なんて嘘つかないで 

断ってくれていいからね」

 

私が言ってしまった言葉

「あたし今あなたがいなくなったら、たぶん

やっていけないや」

 

 

あなたを、好きになりたいよ

 

でも

 

でも

 

でも。

 

 本当はすこし、あなたを試してる気がする

ごめんね。

 

だけどきっと、私に必要なのは

私を愛してくれる人でなく

私が愛せる人だから。

 

切るか、切らないか

 

その狭間で揺れる、

 

揺れる。

 

f:id:yoco_0531:20161212053501j:image

私と病気と新しい夢

 

 

私はついこの前まで

「今日会える?」という突然のメールに

「会えるー!」と返すような女でした。笑

 

 

ぬるま湯の中に、いました。

 

頑張らなくていいと、許された環境の中で

週2日程度で働いて

平日は通えなくなった大学に目もくれず

「明日は何しよっかなー」なんて考えながら

日々を、生きていました。

 

それらの日々は、とても心地がよかった。

 

会いたい人たちいつでも会えて

好きな事に好きなだけ夢中になれて

幸せ、だった。

 

だけどいつも心にはどこか

ぽかりと穴が空いていて

気を抜けば私が私に問いかけるのです

「本当にこのままでいいの?」と

 

それに対して私は

このままでいいなんて、思ってないよ。

そう、下を向きながら答えていました。

 

 

時間がたったある時

ふわりと、興味が舞い降りました。

 

それはこのブログを通してのこと

もっと遡ればある人から聞いた話を通しての事

 

「教育の勉強がしたい」

 

それは本当に朧げで

確かな確証なんてなにもなくて

ただふわりと、小さなひとひらの羽が

落ちるように、心に浮かんだ思いでした

 

幸いに

私は、考えるより行動する人間でした

 

それがどんなに軽い気持ちでも

将来の展望なんてなにもなくても

一度「やりたい」と思ったことは

とりあえずやってみてしまう

 

私は勇気を振り絞り

通信に行きたいことを親に話し(これが1番大変だった)

パンフレットを取り寄せました。

 

昔は「通信なんて、汚点になる。絶対に行きたくない」なんてくらいに、思っていたのに。

 

今は「行きたくて、仕方ない」

 

どんなに軽い気持ちだったとしても

声に出し、知りゆくうちに

それは確実に自分の中で育ってゆきます。

 

自信なんてなくても

確固たる確証なんてなくても、

本当は大丈夫なんだよね。

 

 

それから私は

知らない世界に飛び込むことを決意しました

 

今まで関わっていて人達とは全く違う

同じ写真といえど全く違う世界の人たちのところに、思い切って飛び込んでみました。

 

最初は息苦しくて

ああ、だめだと

呼吸がうまくできないと

そう、思いました。

 

だけどそんな時に

水面から伸びる手がありました。

 

「なんとなく元気ないと思って」

そう声をかけてきてくれた彼女に私はどれだけ救われたことか。

 

うん、そうだね。

飛び込んだって大丈夫だ。

もう私にはこうして冷たい水の中に

手を突っ込み差し出してくれる人がちゃんといる。

 

そこの冷水の中を泳ぐうちに

私はある縁と結びつきました。

そこは私の全く知らない世界であり

そして全てが魅力的でした。

 

ギャラリーカフェとの出会いでした。

 

もし、私が

普通の大学生だったら

そのカフェで働くことはなかったでしょう

時間が合うはずがなかったから。

 

私は自分の自由の使い所は

有り余った時間はここに使うものだと

直感的にわかりました。

 

いつの間にか水は冷たく感じなくなってきて

むしろ水の中の方が暖かく感じたりして

素敵な人たちとの出会いがあって

そこはまるでサンゴ礁のように

きらきら、綺麗で。

 

 

もう、いつまでも甘えるのは終わり

 

すぐに会いたい人に会えるような

生ぬるい幸せは、もう終わりにするんだ。

 

今の目標は

3月から新しい通信の大学に通うこと

 

そしてそこからはもう「学生」は卒業して

働きながら、通信で学士を取得を目指す人

となれるよう。

 

暖かいだけの日々は、もうおしまい。

 

 

私はもう普通には生きれないから

みんなと同じようにレールには乗れないから

 

だからあたしはあたしのやり方で

この世界を生きるんだ

 

きっと誰よりもきらきらしてやるんだ

 

そして「ほら、大丈夫だよ」って

同じようにレールから外れて迷子になって

1人ぽっち泣いてる子にいってあげるんだ。

 

「そのまま進めば大丈夫」

 

そう言える人になるんだ

その日まで私はきっと戦ってみせたいよ

 

 

今日はこのへんで

 

f:id:yoco_0531:20161206153344j:image

 

photo by kei

 

私と病気と発作

 

寝ようと目を閉じると

 

不安ばかりが頭をよぎる時がある

 

それは未来とか恋とかお金とか

そういう類いの不安じゃなくて

ただひたすらに

発作を起こすという不安

 

やりたい事はたくさんあれど

その一つ一つをやっている自分を想像するたび

 

発作を起こし

そして社会からまた退けられる図ばかりが

浮かんではこびりつく

 

 

予期不安

 

 

でもそれに負けては

何もできない何も変わらない

だから怖くても動くしかない

わかっている

 

でも、怖い

 

一度怖いと思ったその思考は

そのまま止まることなく

頭の中を真っ黒に染め上げ

 

薬に、手が伸びる

 

 

「どうしてこうなった」

 

もうずいぶんおぼろげだが

昔の私は、そんなことばかり綴っていたように思う

 

何度も心の中で、その言葉を繰り返していた気がする

 

 

どうしてこうなった

どうしてこうなった

どうしてこうなった

 

どう、して

 

 

それは唱えるたびに

心がきしんでゆく不思議な魔法であった

 

しかし唱えずにはいられない

それは涙と同じ分溢れ出してきた

 

いくら問えど答えはなく

ただひたすらに、無が眼下に広がっていた

 

静かな夜には
肯定など始めたら一寸も無く
ただ否定だけが煩いくらいに響き

 

もはや痛みも辛さも無く

ただ、痛みが

悲しみと一緒に、私を笑っていた

 

 

そうして1度失われた「普通」は

「異常」として私の首を締め上げた

 

それはそれはきつく、かたく。

 

そのうちに時間がじっくりかけて

「異常」を「普通」に変えた

 

もう今の私は

どうしてこうなった、なんて

眠れない夜に問うこともない

 

問うてもどうしよもない

それは本当に誰も悪くなかったのだ

 

嘆いても足掻いてもしかたない

ここが、私が戦う場所だから

私が生きる世界なのだから

 

 

不安に飲まれそうになる夜には

思い出す

 

戦いたくても戦えなかった日々を

 

やりたいことはなんだってできる

行きたいところへはどこへだって行ける

 

そう高らかにうたったけれど、

そこへ行く足を

それをする術を持たなかった私は

きっと最高に不自由だった

 

ひたすらにお布団にくるまってた

あんな日々はもう、ごめんだから

 

 

怖くても

挑めるという幸せを

 

その足を、術を持っている私は

きっと全然どん底なんかじゃないから

 

不安に飲まれそうになった夜には

ついこないだのように思い出す

 

誰もいない海辺で

ひとり、砂浜に立っていたあの頃を

 

 

 

発作がなんだ

お前にビクビク怯えて

掴みたい手も掴めずに

大切なものを失うくらいなら

 

呼吸のできない何十分も

耐えてみせようじゃないか

 

私はあんたなんかに負けない

絶対に

私には、幸せになる権利がある

 

頑張って生きてるやつにはみんな、絶対ある

 

いざ発作がきたって

心の中で

うはーwwwwしぬぅうwwwww

って笑い飛ばしてやればいい

 

逃れられないものに怯えて

うずくまってるのは

とても、愚かだ

 

大丈夫、あんたは強いよ

 

ここまでこれたんだから、大丈夫

 

発作に怯えて死ぬ人生より

発作にうろたえながら

うひーうひー言って

生きてる私の方がよっぽど私らしい

 

怖くてどうしよもなくなったら

全部投げ出して逃げればいい

いくら社会にゴミクズ扱いされたって

気にすることなんてない

あんたはちゃんと自分の罪もわかってるから

また0から始めたらいい

 

大丈夫、弱さを受け止めてくれる人も

背中を押してくれる人も

君にはもう、たくさんいるだろう

 

大丈夫、だから安心して

戦っておいで

 

発作に負けるな

自分の世界は、自分で作るんだ

 

 世界は君の思うようにできている

そしてそれは、

 

君の知るきっと何百倍も、広大だ

 

 

f:id:yoco_0531:20161202052308j:image

 

 

 

私と病気と休むこと

 

高校生のころ、私はよく学校を休む子だった。

 

体調を崩しやすいというのもあったけれど

その頃から少しずつ病気の気配があったり

 

部活関係でうまくいっていなかったりで

休みがちだった。

 

一度軽い不登校になった時もあって

その時は親とも上手くいかずにぶつかり合ってしまって、

でも部活の子や顧問、先生に救われて

なんとかやり直すことができた。

 

 

そんな私は、

休む側の気持ちが痛いほどわかる!!!!

 

 

辛いよね

苦しいよね

 

周りの一字一句を気にしちゃってさ

どう思われてるんだろうってヒヤヒヤして

 

ごめんなさいなんていいたくないのに

こぶし握って我慢して

ごめんなさいを絞り出して

 

周りの目が痛いくらい突き刺さって

そんな自分に嫌気がさしてさ。

 

 

高校は、一度休むと授業に追いつくのが大変で

移すノートの量がどんどん増えて。

完璧を求める私のやる気はどんどん減っていっていた。

 

だから私は同じように学校を休む子がいた時

私は必ずその子の分のノートを取った。

 

二つとる余裕がない時はコピーを用意しておいたりした。

 

「ノート貸してもらてえるかな」

それを言うことがどれだけ難しいか

苦しいか、知っていたから。

 

たとえその休んだ理由がなんであったかわからなくても、ズル休みだったとしても。

 

そんなのは、どうだってよかった。

 

「ごめんなさい、体調を壊してしまって」

なんて言ったって

信じてもらえないんだろうな、って

私は思ってたもの。

 

 

だから理由なんて、どうでもいいんだ。

むしろ聞くのはちょっと、ナンセンスだとさえ思う。

 

 

そして大学生になって

バイトを休むことが増えた

 

バイトを休むのは完全に体調不良で

当欠をしてしまうことさえよくある

 

大人として、それは本当にあるまじき行為であることは、心から理解している。

体調管理も責任であることも、ちゃんとわかってる。

 

だけど当日になって体を壊してしまうことも

私にはすごく当たり前のようにあって

 

「本当にすいません」と送ったその言葉に

 

「了解です。」と帰ってきたその言葉に

 

一抹の不安を覚えるのは、

きっと私だけじゃないと思うんです。

 

それがただの風邪で

次回からいくらでも挽回できる人であれば

受け流せるのかもしれない。

 

だけど体が元から弱い私は

人の目を人一倍気にしてしまう私は

その一抹の不安が大きな不安が

大きな絶望に繋がっていって。

苦しくなって、逃げたくなって、自分が嫌いになってしまった。

 

そんな状態なら、

社会に迷惑をかけるだけなら働くな、と、

言われてしまうのかもしれない。

 

それでも、生きていくにはお金がいるよ。

 

 

私がまた働こうと決心し、4月から

1ヶ月間面接を受けまくった時期があった

 

前回何がいけなかったのだろうと反省した結果、病気のことを隠して働いていたのがよくなかった事に気付いた私は

その面接全てで持病がある事を話した。

 

結果

13件中、13連敗という結果を生み出した。

バイトなんて、一度も落ちたことなかったのに笑

 

働く力がないということは

この上なく辛いことだと、

この時私は心の底から思い知りました。

 

しょうがないよね

こんな荷物持ちを、会社が雇いたいわけがない。

そんな事は、わかっていて。

 

だけど悔しいと思うのを、やめられなくて。

 

 

そんなこんなで休むことに慣れている私は

 

「お休みさせてください」というその苦しさも

 

「ごめんなさい」というその悔しさも

 

死ぬほど、わかるんです。

 

 

 

だから、

休む人に対する接し方というものが

もっと多様化して欲しいと、思うんです。

 

 

私の周りの人は

私のことをちゃんと理解してくれてる人は

 

私が休みそうになった時も

「絶対無理しないでね」

と、言ってくれる。

 

私にその一抹の不安を与えることなく

私が私を責める暇もないほどに

暖かい言葉ばかりを送ってくれる。

 

それは、友達に限らず

社会人にだって、そういう方はいます。

 

「了解です。おきなさらず、ご自愛くださいね。」

 

そうおっしゃって下さる方もいます。

 

 

大人になればなるほど

休みは甘えで、義務の放棄で

「いけないこと」になっていく。

 

それでも休みへの対応はもっと

いろいろあっていいのではないかと思うんです

 

 

少なくとも私は、そういう人でありつづけたい

 

 

どんな理由だって

たとえその理由が嘘だって

 

「休むことは悪いこと」

みたいな対応をしたくない。

 

 

学校を休んだ友達がいたら

大丈夫?ってLINEして、ノートをとったりして

 

風邪や用事で遊べなくなった友達がいたら

全然気にしないから、とにかくちゃんと休んでね。また元気になったら絶対遊ぼうね。

と言えて

 

体調不良で仕事を休む人がいたら

大丈夫ですか?ご自愛くださいね。

と言えるような

 

 

 「休ませてください」それをゆうのに
どれだけの勇気を使ったのだろう。

 

そんなことを、考えられる人に。

そんな、暖かい人でいたいです。

 

 

そして同じようなことを経験したあなたも

このご時世にとって貴重な暖かい人間になれるよ、きっとね。

 

 

そんなことを考えた風邪っぴき期間でした(´-`).。oO

 

 

今日はこのへんで

f:id:yoco_0531:20161127231332j:image

photo by minto